94歳、母の記憶
2020年 10月 22日
お母様、94歳ですか~。
お元気でなりよりです。
お母様と娘さん達の楽しいランチ、おしゃべりうらやまし~です。
(父も母も遠くの昔に他界しています。)
それにしても
〇〇〇やっな~ ○○○やん
関東、特に私の住む地方から比べると優しいイントネーションですね。
いつかユミさんとお話しできたらいいなぁ❤
私も今、ストロベリーフィールドを飾っています。
千日紅ですよね?可愛いですよね〜。しかも花瓶も同じような形(^-^)
お母様94歳なのですね。
とてもお元気でいらして、会話にもユーモアがあって、可愛らしいお母様。
デイサービスや看護サービスで忙しい1週間を過ごされているのですね。
私よりずっとハードだわ〜
きっとこんな風に娘2人に囲まれてお食事をするのが何よりもいちばん幸せな時間だと思います。
私の母は亡くなるまで長年1人で生活出来ていました。
とても元気で自他共に100歳まで生きると信じていたんですよ。
それにすっかり甘えていた私。もっと親孝行すれば良かったです。
93歳でした。
超高齢になるといくら元気でも残された時間は思うほど長くないのですね…(不謹慎でごめんなさい)
コロナ禍で思うようにいかないけれど、孫ちゃんにも会わせてあげたいですね。
冒頭のストロベリーフィールドもステキだったけど、お母さまとのつぶやきに癒されました(*^-^*)
ペロッて舌を出すなんて可愛らしいし、そーゆー会話もいいな。
親が健康でいてくれること、本当に感謝ですね。
今日も応援pです(^_-)-☆
まだまだ頭もしっかりしておられて、素晴らしい。
お幸せですね。
私の父は8月に92歳になったので2歳年上ですね。
神戸で、デイサービスやヘルパーさんに助けてもらいながら
独り暮らしを頑張ってくれています。
ほんと元気でいてくれるだけで嬉しいですよね。
娘さん達に囲まれて お喋りも楽しいですよね。
今は、面会もできませんから、そのように外出できるのは嬉しいですね。
これからもたくさん 楽しい時間を過ごしてくださいね(๑°꒵°๑)・*♡
鍵コメちゃん、こんにちは~(^^)/
お疲れさましたね~
鍵コメちゃんも小さい頃から、色々大変だったんですね。
私も体が弱かったけれど、今も疲れやすかったりするけれど、なんとか体力もついて元気になったって思えています。
今は充電期間と思って、ゆっくりのんびり過ごしてください。
でも結構やる事あるでしょう~
あっという間に過ぎますよ。
応援しています!
母のようには長生き出来ないだろうけど、自分の行く道だと思って、これからも寄り添っていきたいです。
こんにちは~(^^♪
母はこんなに長生きできるとは自分でも思ってなかったみたいで、もう94!って自分でも驚いたように話しています。
施設のご飯は美味しくないと言って、お寿司の中でも「イカ」が大好きなので、嬉しそうに食べていました。
ほんとに、こうして一緒にご飯を食べられる事、ありがたいですよね~
バリバリの大阪人、その中でも南の方の泉州弁っていうのが大人になっても抜けないので、恥ずかしい思いをすることも・・・
そんな嬉しい事を言ってくれるのは、めいさんだけですよ~
私もめいさんとお喋り、実現出来たら嬉しいです!(^_-)-☆
鍵コメさん、母の施設はサービス付高齢者住宅の分類に入るのかな?
義母はケアハウス的な所で、その施設に寄って、サービスも部屋の造りも変わってくるみたいですね。
ケアハウスの方が、自由に外出できるみたいです。
と言っても今は、こういう時世なので、どこも制限はあるようです。
選ぶ権利は絶対あるので、ケアマネさんと何度も何度も話し合う事も、希望や思っている事を伝える事も大切だと思います。
私もこれからどんな風に老いて行くのかわからないけれど、鍵コメさんがいつもおっしゃっているように、自分を愛して歳を取って行きたいです。
こんにちは~(^^)/
濃いピンクの千日紅も植えていたんですけど、ストロベリーフィールドの赤い色も可愛いですよね。
北海道でもまだ咲いているんですね!(^_-)-☆
ドライにもなるくらいだから、長持ちしますよね。
花瓶は実家に私が生まれる前からあった、アンティークです。(^^ゞ
歳とったら「きょうよう(今日用事があること)」と「きょういく(今日行く所があること)」はほんとに大事だって思いますね。
そのお陰で、母は気持ちも元気になれるんでしょうね。
一緒にご飯を食べる事は、たまにしか出来ないだろうけど、これからもこういう時間、持たなきゃですね。
Neneさんのおっしゃる通りですよ。 お正月と夏のお祭りには親族大勢で集まっていたんだけど、今年はコロナでお祭りもなかったし、お正月もどうしようかと姉と思案中です。
自分が後悔しないためにも、母の年齢を考えて寄り添わなくちゃって思います。
こんにちは~(^_-)-☆
ハピハピハートさん、ありがとうございます。
今はお茶目な事を言っている母ですが、高齢者うつにもなって大変な時もあったんですよ。
今は楽しく明るく元気でいてくれるので、ほんとにありがたいですよ。
そして近くに住んでいるのできっと母も心強いんじゃないかしら。
これからも見守っていくますね。
たまさんのお父様、お一人で頑張っていらっしゃるって言われていましたね。
たまさんのお父様こそ、素晴らしいですよ。
気持ちが前向きだから、それが元気に繋がるんですよね。
どういうやり方でも、選択方法はいくつもあると思うので、お父様の気持ちを大切にしたいですよね。
でも離れていたら気になるのも事実ですよね。
ややこしいご時世ですが、それでもこうして一緒にご飯を食べたり出来る事、感謝です。
お互い出来る事は限られているかもしれないけれど、頑張りましょう~
さとちゃん、ありがとうございます。
ほんとに94歳なんて、びっくりです。
自分が90歳越えれるとは到底思いもしませんし、想像も出来ませんよ。
お陰様で姉も私も近くに居るので、母は幸せですね。
もちろんコロナの事も、本人もよくわかっているので助かります。
ただ時間は限られていると思うので、そのあたりはしっかり現実も見て行って、これからもなんとか寄り添っていきたいと思っています。
おめでとうございます
年齢からくる物忘れはあってもお元気なのが素晴らしいです
うちの母は再来週85になります
同じことを何度も繰り返して聞いてくる日常にイラッとしながらも
さっさと歩けるし新聞も隅から隅まで読み、NHKアナウンサーの名前は
わたしよりよく知ってる。。
80過ぎてもわたしはそこまでの自信が皆無なのですごいなと思っています
コロナ元年もそろそろ終わりが見えてきましたね
来年もお元気でお寿司を囲めますように♪
きみどんさん、ありがとうございます。
大正15年生まれなんですが、貴重な大正生まれになってきました。
昭和の初めとか、この頃の人は苦労もしてこられたからか、元気ですね。
私もきっとこうはいかないと思います。
ほんと、テレビもよく見ているので、私より物知りだったりしますよね。
きみどんさんのお母様エピソードにも、いつもほっこりさせてもらっています。
色々ありますが、いつか自分達も行く道だと思って、見守りたいものですね~
ほんとに来年は、どんな年になってるんやろうね。
亡くなった父も大正15年生まれでした。
生前、「大正生まれと」からかったら、昭和元年や」と言い返していました。そんな懐かしい、やりとりを思い出し、胸が熱くなりました。
お母様、お元気でなりよりです。
さわさ~ん、こんばんは~(^^♪
お変わりないですか~?
さわさんのお父様も大正15年生まれだったんですね。
母と同い年ですね。
昭和元年は、1週間ほどしかなかったんですよね。
もういつ何があっても・・・と思いながらも、元気で話す母を見ていると、まだまだこの先もずっとこのままでいてくれそうな気になります。
お父様との思い出、これからも大事にしてくださいね。